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広島高等裁判所 昭和45年(ネ)181号 判決 1972年6月15日

控訴人(附帯被控訴人)

阪口鉄工株式会社

被控訴人(附帯控訴人)

古谷茂子

主文

原判決のうち控訴人(附帯被控訴人)敗訴の部分を取消す。

被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

本件附帯控訴を棄却する。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

事実

一  双方の申立

控訴人(附帯被控訴人。以下単に控訴人という)は、主文同旨の判決を求めた。

被控訴人(附帯控訴人、以下単に被控訴人という)は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決並びに附帯控訴として、「原判決を次のとおり変更する。控訴人は、被控訴人に対し金三、四八〇、一六三円及びこれに対する昭和四三年七月六日以降支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は、第一、二審とも控訴人の負担とする。」旨の判決と仮執行の宣言を求めた。

二  被控訴人の請求原因

(一)  被控訴人は、昭和四三年二月二一日午後二時三〇分頃軽四輪貨物自動車六山ゆ七二八六号(以下被害車という)を運転して下関市唐戸方面から同市彦島方面に向け進行中同市竹崎町専門大店前の横断歩道手前で信号機が赤に変つたため右横断歩道直前で停止したところ、控訴人所有の貨物自動車山四な四八三八号(以下本件トラツクという)を運転していた訴外某(氏名不詳。以下加害者という)は本件トラツクを被害車に追突させた。ところで、加害者は、控訴人の従業員山本和夫が同日本件トラツクを午後一時から一五分程度控訴人の業務のため運転した後、エンジンキイーをつけたまゝ控訴人外数社が請負つていた山口県漁業組合連合会の冷蔵庫建設の工事現場である同市伊崎町の海岸埋立地に駐車させ、その現場で作業に従事していた間に右山本に無断で本件トラツクを運転し右追突事故を惹起したのである。被控訴人は、本件事故のため脳震盪症、頸椎むちうち症、後頭部及び腰臀部打撲症等の傷害を受けた。

(二)  本件事故は、加害者及び右山本の過失に因るものである。すなわち、加害者には本件トラツクと被害車との間に適当な車間距離をおいて走行、停止させるべき注意義務を怠つた点に過失があり、また山本については、右工事現場には松原建設株式会社外の多数の工事関係者がいたのであるから、エンジンキイーをつけたまゝ車両を駐車させた場合何人かが無断で運転する可能性が大であるのに、エンジンキイーをつけたまゝ本件トラツクを駐車させた点に過失がある。

(三)  ところで、本件事故は、控訴人の従業員山本和夫において控訴人の業務執行中右(二)に記載の車両管理上の過失があつたがために発生したのであるから、控訴人は民法七一五条により本件事故に基く損害を賠償する責任がある。また、仮にその主張が認められないとしても、前記(一)、(二)の事実関係からして控訴人は本件トラツクを自己のため運行の用に供していた者として自動車損害賠償保障法三条により本件事故に基く損害を賠償する責任がある。

(四)  被控訴人が本件事故により受けた損害は次のとおりである。

(1)  被害車の修理代 一四、〇〇〇円

被控訴人は、被害車が本件事故により損壊したため修理代として一四、〇〇〇円支出した。

(2)  入院治療費 一〇〇、一三六円

被控訴人は、本件事故により受けた傷害のため昭和四三年二月二二日から同年五月三一日まで入院、同年六月一日から同年七月一三日まで通院して治療を受け、さらに後遺症のため同年七月一七日から昭和四四年三月二六日まで通院して治療を受け、治療代金として一〇〇、一三六円を要した。

(3)  逸失利益 一、四六六、〇二七円

被控訴人は、本件事故当時下関スバル販売株式会社に自動車セールスマンとして勤務し、年間給与二三七、六〇〇円の収入を得ていたが、右事故による後遺症(自賠法施行令別表九級該当)のため労働能力は三五パーセント低下した。ところで、被控訴人は、右事故当時三五才で事故後の稼働可能年数は少くとも二八年であるから、その間労働能力の低下により失うこととなる利益について本件事故当時における現価をホフマン式計算法により算出すると一、四六六、〇二七円となる。

(4)  慰藉料 二〇〇万円

本件事故により被控訴人の受けた精神的苦痛に対しては慰藉料二〇〇万円が相当である。

以上被控訴人の受けた損害額は、合計三、五八〇、一六三円となるが、被控訴人は、自賠責保険仮渡金一〇万円を受領しているので、これを控除すると結局被控訴人の損害は三、四八〇、一六三円となる。

(五)  よつて、被控訴人は、控訴人に対し損害賠償として三、四八〇、一六三円及びこれに対する本件事故後で訴状送達の翌日である昭和四三年七月六日以降支払済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  控訴人の答弁

請求原因(一)のうち本件トラツクを控訴人が所有していること、訴外山本和夫が控訴人の従業員で自動車運転の業務に従事していること、右山本が被控訴人主張の日にその主張のとおり本件トラツクを運転しエンジンキイーをつけたまゝ駐車させたことは認めるが、その余の事実は争う。本件トラツクが被控訴人主張の日時、場所において被害車に追突したことはない。請求原因(二)の事実のうち被控訴人主張の工事現場に多数の工事関係者がいたことは認めるが、その余の事実は争う。請求原因(三)は争う。同(四)の事実は争う。

四  証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故の発生

〔証拠略〕により被控訴人の主張する交通事故発生時後に警察官小倉敬典が撮影した本件トラツクの写真であると認められる〔証拠略〕により右交通事故発生時後における被害車ないし本件トラツクの写真であると認められる〔証拠略〕を総合すると、被控訴人は、昭和四三年二月二一日午後二時三〇分頃被害車を運転して下関市唐戸方面から彦島方面に向け国道上を進行中下関駅東口専門大店前の横断歩道手前で信号機が黄色を示していたため一時停止したところ、控訴人所有の本件トラツクを運転していた加害者が本件トラツクを被害車に追突させ、その結果被控訴人は脳震盪症、頸椎むちうち症、後頭部打撲症等の傷害を受けたことが認められる。この認定に反する〔証拠略〕は措信できず、他に右認定を左右するに足る的確な証拠はない。

なお、控訴人は、被控訴人の主張する交通事故の発生そのものを争つているし、本件事故後の時点において存在していた被害車後部の損傷、本件トラツク前部の損傷は、損傷個所の路面よりの高さ、被害車後部の形状、本件トラツク前部の形状からみて、本件トラツクが制動措置を講ずることなく被害車に追突したものとすれば相応しないので、本件トラツクが被害車に追突したものと認定した以上、その点の疑問を解明説示すべきであるが、こゝでは結論的に追突前に本件トラツクの前部が若干下降していたとすれば本件トラツクの損傷個所に相応する被害車の損傷個所があることを指摘し、当裁判所としては、本件トラツクは追突前制動措置を講じたが間に合わず、制動措置を講じたことにより本件トラツクの前部が瞬間的に若干下降した状態で被害車に追突したものと推認したことを明らかにするにとゞめて、控訴人の責任の有無に関する判断に進むこととする。

二  控訴人の責任の有無

(一)  民法七一五条に基く控訴人の責任の有無

(1)  訴外山本和夫が控訴人の従業員で自動車運転の業務に従事していたこと、同人が昭和四三年二月二一日控訴人所有の本件トラツクを午後一時から一五分程度控訴人の業務のため運転した後エンジンキイーをつけたまゝ控訴人外数社が請負つていた山口県漁業組合連合会の冷蔵庫建設工事現場である下関市伊崎町の海岸埋立地に駐車させていたことは当事者間に争いがない。

しかして、〔証拠略〕を総合すると、本件トラツクは貨物積載専用の自動車であること、前記山本和夫は、本件事故当日本件トラツクを運転して前記工事現場に行き、同所で控訴人の従業員と共に鉄骨熔接作業に従事していたこと、その工事現場への出入口は二ケ所で、山本が午後一時一五分頃本件トラツクを駐車させた位置は、出入口に近い大林組現場事務所附近で材料運搬の車両が工事現場に出入する場合妨げになる位置であつたこと、そのため山本は、しばしば工事現場に出入りしていた車両の出入の都度熔接作業現場から呼出されて本件トラツクの移動を求められるおそれが大であつた関係上、必要に応じ誰でも本件トラツクを移動させ得るよう、また本件トラツクの移動のため以外には無断運転されることはないと考え、エンジンキイーをつけたまゝ、ドアの鍵をかけないで駐車させたこと、本件事故当日右工事現場には多数の会社の作業員がいた外、二〇台位の自動車が駐車していたこと、同日右現場では控訴人の従業員五名が作業に従事していたが、そのうち本件トラツクを運転できる者は山本の外にいなかつたこと及び本件事故当時山本は熔接作業に従事していて、本件トラツクが運転されていたことを知らなかつたことがそれぞれ認められ、この認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実からすると、加害者は控訴人の従業員以外の者であつて、加害者は、山本に無断で本件トラツクを運転し、その間に被害車に追突したものと推認されるのである。

(2)  してみると、本件事故が加害者の過失に因るものとしても、そのことによつて控訴人が民法七一五条に基く責任を負わないことはもとよりであつて、問題は、山本がエンジンキイーをつけたまゝ本件トラツクを駐車させたことによつて控訴人が本件事故に基く損害について賠償の責を負うかどうかであるが、本件の場合本件トラツクは二つの出入口によつてのみ外部に通ずる前記工事現場内に駐車させていたのであるし、自動車の種類も好奇心から無断運転され勝ちな乗用自動車と異なり貨物積載専用車であるから、車両が右工事現場に出入りするに当り障害となると認めて移動させることの外に無断運転により右工事現場外に出ることは通常予想されないところであるし、ましてその無断運転により交通事故が惹起されることまで通常予測し得る範囲であるとはいゝ難いから、山本がエンジンキイーをつけたまゝ本件トラツクを駐車させたことと本件事故との間に相当因果関係の存在を認めることは困難である。

したがつて、控訴人の従業員である山本がエンジンキイーをつけたまゝ本件トラツクを駐車させたことを根拠として控訴人に民法七一五条に基く責任を認めることはできない。

(二)  自動車損害賠償保障法三条に基く控訴人の責任の有無

本件トラツクは、控訴人の所有ではあるが、前記のとおり本件事故当時本件トラツクを運転していた加害者は控訴人の従業員ではなく、しかも前記山本に無断で運転していたものである。ところで、このように控訴人と無関係な第三者による無断運転中も控訴人が本件トラツクの運行について支配を失つていないとみるべきかどうかであるが、山本は前記のとおり工事現場への車両の出入りに当つて本件トラツクが支障となる場合これを移動させ得るようエンジンキイーをつけたまゝにしていたのであるから、第三者が工事現場内で車両の出入りのため本件トラツクを移動させる過程において交通事故を惹起したというのであれば、山本はその限度において第三者による無断運転を容認していたということができるから、控訴人も本件トラツクの運行を支配していたものということができよう。しかし、本件の場合二つの出入口を設けることによつて外部から区画された前記工事現場から本件トラツクを運転して出て行き、その工事現場から離れた場所で本件事故を惹起したのであるから、本件事故当時控訴人は、本件トラツクの運行について支配を失つていたものと認めるのが相当である。

したがつて、控訴人は本件事故当時本件トラツクを自己のため運行の用に供していたものとすることはできないから、自動車損害賠償保障法三条に基く責任を負うものとはいえない。

三  してみると、被控訴人としては、自動車損害賠償保障法七二条により損害のてん補を求める外はないものというべく、控訴人に対する本訴請求は他の点の判断をまつまでもなく理由がないことに帰するから、原判決中被控訴人の請求を一部認容した部分(控訴人の敗訴部分)は不当である。

よつて、原判決中控訴人の敗訴部分を取消して被控訴人の本訴請求を棄却するとともに本件附帯控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 胡田勲 森川憲明 大石貢二)

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